東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)7号 判決
審決に原告主張のような違法の点があるかどうかについて検討する。
(一) 原告主張の請求原因(四)の1(構成上の差異)について。
原告は引用例(乙第六号証)と本件特許の特許公報(甲第二号証。以下「本件特許公報」という。)とを対比して、引用例の内殻鋳型は形状が複雑であるのに対して、本件発明の鋳込型は一定の厚みを持つ簡単なものであり、それに対応して金型も相違しているのに、審決はこの点を看過しているから違法である旨主張するが、この主張は、つぎのとおり、理由がないものといわなければならない。
1 原告の主張は、引用例と本件特許公報とにおいて実施例として明記され図示されたものが、それぞれの発明の必須要件であることを前提としている。しかしながら、いずれもその成立に争いのない乙第六号証(引用例)及び甲第二号証によれば、引用例及び本件特許公報に図示されたものは、それぞれの発明の一実施態様にすぎないこと、製品の構造からみて引用例の第5図における管1が掛止用鍔鈑4を持つていることが必要であり、一方、本件特許公報でも、その第1図からみて、引用例の管1に相当する接手本体2に引用例の掛止用鍔鈑4にあたる鍔鈑状部が同じく必要であること並びに内殻鋳型(引用例)も鋳込型(本件発明)も、同じくシエルモールド法によつて作られ、その内蔵したナツトが溶湯と触れないようにすること及びその内面が、管1(引用例)又は接手本体2(本件発明)の外面の一部を形成するための鋳造面として利用されることが必要であることが認められるが、これ以外の点(例えば、前記の掛止用鍔鈑の部分の形状を内殻鋳型(又は鋳込型)で形成させるか鋳物砂で形成させるか、また、掛止用鍔鈑4の直前の管の形を引用例のように段差をつけるか本件発明のように末広がりにするか、さらに、ナツトの外面をシエル砂で被覆するかどうかなどということ)は、鋳造という観点からは型の形状の選択に止まり、必ずしも引用例及び本件発明に欠くことのできない事項ではないものと認められる。したがつて、原告の右主張は、まず、その前提において失当である。
2 しかも、右認定の事実によれば、引用例に図示された内殻鋳型を本件特許公報に図示された鋳込型に変更すること、特に掛止用鍔鈑部の形成用の鋳型を変更することは、鋳造技術上の選択の問題にすぎないものとみるのが相当である。なお、本件特許公報(前記甲第二号証)の第7図によれば、本件発明の鋳込型は単に一定の厚みをもつているにすぎないものではないと認められる。したがつて、引用例に図示されたものを本件特許公報に図示されたものに変更することは、当業者が容易に想到しうることといわなければならない。
3 以上をあわせ考えると、原告の主張する右構成上の差異の看過ということのみでは、審決を取り消すべき理由とすることはできず、原告の右主張は採用できないといわざるをえない。
(二) 原告主張の請求原因(四)の2(作用効果の顕著性)について。
原告は、審決が、本件発明による効果の顕著性を看過し、効果に差異がないとした点で誤りがある旨主張するが、右の主張は、次のとおり理由がない。
1 まず、原告の主張は、前記(一)の1に説示のとおり、引用例及び本件特許公報に図示されたものを必須要件としている点で、その前提を誤つている。
2 つぎに、前記(一)の2に説示のとおり、本件特許公報に図示されたものが、引用例から容易に想到しうるとみられる以上、本件発明による効果は、「いずれも引用例記載の発明の効果と共通するものであつて、格別顕著なものがあるとは認められない。」とした審決の認定判断に誤りがあるとはいえない。
(三) 以上のとおり、原告の主張はいずれもその理由がなく、審決にはこれを取り消すべき違法の点はないといわなければならない。
よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本件発明の要旨
シエルモールドスタツク法により完成部品にシエルモールドコーテングを施して、鋳込型を造型するとともにその鋳込型を中子鋳型の所望個所へ嵌挿して、鋳込型と中子鋳型を隔離位置せしめて注湯するようになしたことを特徴とする鋳ぐるみ鋳造法
審決の理由の要点
1 本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 これに対して、公開特許公報特開昭四九―一五〇二四号公報(昭和四九年二月九日発行。以下「引用例」という。)には、右の本件発明の要旨における「シエルモードスタツク法により」という文言のみを「シエルモード法により」といい換えたものに等しい鋳ぐるみ鋳造法が記載されていると認められる。
本件発明にいう「シエルモールドスタツク法」は、シエルモールド法が開発された初期の頃から行なわれているシエルモールドの基本的な方法であつて、微細な硅砂と熱硬化性樹脂との混合物(以下これを「シエル砂」という。)を、加熱した金型の表面にふりかけることにより、金型の表面に比較的薄肉の固形鋳型を造形する方法を意味していると認められるから、シエルモールド法の代表的なものとして、出願時点においてすでに周知であつたものである。
被請求人(原告)は、答弁書において、本件発明の方法においては、シエルモールドスタツク法により鋳込型を作るので、完成品(ナツト1)の全表面にシエルモールドコーテイングが施されているに反し、引用例には「既製のユニオンナツト3の内周面に鋳物砂製の内殻鋳型10をセルモールド法によつて一体構造に成形焼成する。」と記載されており、ユニオンナツト3の内周面及び両端面にのみ被覆が行なわれるもので、このような成形はシエル砂を単にふりかけただけではなしえず、中子造形機に取り付けられた金型中にユニオンナツトをセツトするというような方法を使用しなければならないはずであるから、本件発明は引用例記載の発明と相違すると主張している。
しかしながら、本件発明における鋳込型6がナツト1の全表面にシエルモールドコーテングを施されていると被請求人がいう根拠は、図示説明されている本件発明の実施例がそのようになつているということにすぎず、前記発明の要旨からみて、「全表面」は本件発明の必須構成要件であるとは認められない。また、「シエルモールドスタツク法」によれば、必然的に全表面がシエル砂によつてコーテイングされると断定することもできない。
そして、引用例においても、図示説明されている実施例においては、「内殻鋳型10」は鋳型として必要なナツトの内面及び両端面のみにシエル砂を付着させたものであるが、ナツトの外面にシエル砂を付着させないことを発明の必須要件としているとは認められず、ナツトの全表面をシエル砂でコーテイングした場合でも、引用例記載の発明の構成要件を満たしうることは明らかである。
また、引用例記載の「内殻鋳型10」をいわゆるシエルモールドスタツク法によつて製造することも、後述のように機械的研削工程等を付加すれば、充分なしうるものと考えられる。
いずれにせよ、ナツト1の外面をシエル砂で覆つて鋳込型6を成形する場合でも、この鋳込型6の外面は外型の所定の嵌合面(すなわち凹段部5)と接触するだけであつて、鋳造面として働くわけではないから、鋳込型の外面がシエル砂で覆われている必要はない。つまり、鋳込型の外面におけるシエル砂の有無は、本件特許及び引用例記載の各発明のいずれにおいても、目的、構成、効果に直接関係があるとは認められない末梢的な問題である。
したがつて、本件発明と引用例の記載の発明との間には実質的な差異を見出し難いが、仮りに、本件発明が「シエルモールドスタツク法により」鋳込型を作る点に特徴があり、そのように特定されていない引用例記載の発明と同一とはなしえないとしても、本件特許明細書に記載された発明の効果は、いずれも引用例記載の発明の効果と共通するものであつて、格別顕著なものがあるとは認められない。答弁書においては、本件発明の工程はすこぶる簡単である旨述べているが、シエルモールドスタツク法により、加熱したナツト1にシエル砂を単にふりかけただけの自由表面では、すくなくとも鋳造品の外面の一部をなす鋳込型6の内面や両端面が、正確な形状寸法に成形され、しかも平滑な鋳肌をもたらす平滑面となるとは到底考えられないから、特許請求の範囲には記載されていない他の機械的研削工程等を挿入することが必要となるものと考えられ、たとえば金型にシエル砂を吹き込むだけの他のシエルモールド方法とくらべて、必ずしも工程が簡単になるとはいえない。
これらのことを綜合勘案すると、本件発明は、すくなくとも引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと考えるのが妥当であり、この点で本件発明は特許法第二九条第二項の規定に違反して特許されたことになるから、本件特許は、同法第一二三条第一項第一号の規定に該当し、無効とすべきである。